
ヤンキー魂を感じるMr.。©2026 Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
アーティスト・Mr.が、約11年ぶりとなる国内大規模個展「Mr.の個展:いつかある晴れた日に、きっとまた会えるでしょう。」を福岡アジア美術館で開催中。漫画やアニメといった「オタク文化」を現代アートの文脈へと接続し、国際的な評価を確立してきた彼だが、その現在地にはある種の揺らぎがある。求められる作品と、自身が本当に表現したいものとのあいだに生じる違和感。スタジオを率いる経営者としての責任と、ひとりの作家としての衝動。その葛藤のなかで彼が見つめ直しているのは、かつての孤独な制作や、自らの内面にある“恥ずかしさ”だった。
本展では、郊外の風景を描いた大規模な作品から、過去の記憶や日常の記録、ヤンキー文化を取り入れた新作まで、多様な表現を通してその思考の軌跡が提示される。整えられたイメージではなく、むしろ未整理で生々しい自己と向き合うこと──その先に、いまのMr.が見出そうとしているものとは何か。3月末、展覧会準備に追われる作家の元を訪ねた。【Tokyo Art Beat】
──今日はインタビューの前に、埼玉県志木市にあるMr.さんのスタジオをご案内いただきました。郊外の街の数ヶ所に巨大な建物があって、その規模に驚きました。移動中の車内でも話していましたが、日頃は家とスタジオの往復といった生活だそうですね。
自分の作業スペースの隅に寝床があって、そこで寝ちゃうときもけっこうありますね。
──本当にザ・郊外というか、いわゆる「どこにでもある街」と言いますか。でも、この環境のなかにいることがMr.さんの作品にとって大事なんだろうなと感じました。
そうですね。やっぱり、目の前にあるものしかわからないんで。知らないことを知ったように描くことはできない。身近なもの、それが正しいことだって思っています。
僕は、兵庫の田舎の生まれで、現在埼玉に住んでいます。埼玉に住んでいるのは村上(隆)さんのところで働いていた(弟子というか)そのスタジオが埼玉だったから。そこからたまたま30年近く住んでいて、別に特別好きではなかったけど、いまではいちばんよく知っている場所。何もないけど、「何もないがある」みたいな場所だと思っています。

──スタジオでは多くのスタッフの方が作業をされていました。これだけ大勢を束ねるのは大変な部分もありますか?
すごい大変ですね。やっぱり、経営でもあるんで。給料を払わないといけないし、法も守らないといけない。集団制作のあり方が、僕が村上さんのところにいた頃とはだいぶ変わってきた。そのことと、クリエイティブのあいだで葛藤することはあります。
ただ、なんでも優しく、緩くすればいいわけではないとも思っています。それは結局、作品のクオリティーに跳ね返ってきますし、スタッフの成長の妨げにもなります。そうなり始めたら、僕も君らもなぜ芸術や絵の道に進んだのかっていう話になる。だから、自分にもスタッフにも厳しくしなくちゃいけないときはあります。
──人数が多いと、ヴィジョンやテンションを行き渡らせるのも難しそうです。
昨日と今日で言っていることが違ったりして、スタッフが混乱するわけです。予定が崩されたと不満が噴出し、衝突することもある。ただ、逆に言えば、それができるのが僕らみたいな小さい集団だし、僕は制作の集団はそれが正しいあり方だと思っています。
──チーム自体も生き物だと。
そうそう。でも、アーティストとしての個人と、経営の使い分けが難しくて……。「人を雇うために絵を描いているのか?」「仕事を作るために制作をしているのか?」と悩むときもある。妻にも毎日のように「人を育てたり、人を監督できないんだったらひとりでやんなさい」って言われて怒られています。

